カンカニュース

科学的なアプローチで研究されているカンカ。
より深く知っていただくため、詳しく掘り下げていきます。

知るカンカ

自生しているタクラマカン砂漠について

自生しているタクラマカン砂漠について

タクラマカン砂漠とは

タクラマカン砂漠は中央アジア、タリム盆地の大部分を占める砂漠です。
立地的には山に囲まれ、最低海抜マイナス130メートルと非常に低いです。

語源はウイグル語の「タッキリ(死)」と「マカン(無限)」の合成語と言われており、「死の世界」「永遠に生命が存在し得ない場所」とされています。
今では開発が進んではいますが、以前は一度入ったら出られない死の砂漠と思われていました。

非常に大きな砂漠で面積は337,000k㎡(東京ドーム72万個以上、東京都153個以上の大きさ)です。

気候も典型的な砂漠の気候で、降水量が少なく寒暖差が激しい気候です。
砂漠は年中暑いと思われがちですが、高緯度のタクラマカン砂漠では、冬の最低気温が-20度を下回ることもあります。

環境として考えると非常に厳しい環境だと言えます。

探検家たちとタクラマカン砂漠

そんな厳しい環境が「人を拒む」タクラマカン砂漠。今でこそ、GoogleMapなどで気軽に見ることができますが、19世紀当時、地図の空白地帯でした。

その地図の空白を埋めるさきがけとなったのが、スヴェン・ヘディンです。
タリム盆地においての古代都市楼蘭の発見や「さまよえる湖」の実証などが有名ですが、カンカと関係深いホータンでも発見をしています。
彼は「砂に埋もれた都市がある」という情報を土地の人々、カンカの産地であるホータンの人々から聞き、探検を行いました。遺跡自体を調査することはありませんでしたが、彼は「古代都市タクラマカン」を発見します。

遺跡の調査自体は、オーレル・スタインが行いました。
彼がホータンで遺跡調査の準備をしていると、地元の宝探し屋からダンダン・ウィリク(象牙のある家)の噂を聞きます。
彼はどうやらそこがヘディンの発見した「古代都市タクラマカン」と同一であると知り、調査に乗り出しました。
そこでは、経典などが発見されています。

再発見された古代都市タクラマカン

1928年以降探検されなくなった古代都市タクラマカンは、その後正確な場所もわからなってしまいました。

再発見されたのは1997年、石油調査に同行していた考古学研究員が偶然見つけました。
スタインの調査は1回のみ、半月という期間だったこともあり、のちの日中共同調査では多くの遺物を発見することができています。

古代都市タクラマカンや楼蘭は、シルクロードという交易路であったことから、過去の繁栄をうかがわせる遺物も多くあります。
調べていると、なにやら興味が湧いてきました。少し調べてみたいと思います。

 

写真はカンカの産地ホータンです。

 

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